『 赤い靴 ― (2) ― 』
コツ コツ コツ ・・・・
フランソワーズは静かにその建物のロビーに向かった。
今度はちゃんとコートを着てから荷物を持った。
博士が ゆっくりと隅のソファから立ち上がる。
「 おお ちゃんと確認してきたかな。 」
「 はい。 ・・・ 落ちました。 」
「 そうか。 よし、自分自身の < 結果 > への評価を確かめてきたな。 」
「 ・・・ はい。 全然 ・・・実力不足、 練習不足でした。 」
「 うむ。 ともかく今回のお前の仕事 は完了だな。
しかし 今後への課題が見つかったのは 立派じゃぞ。 」
「 え ・・・ そ そうですか? ・・・だって 全然 ・・・ 」
「 だから その < 全然 > を < 最高に集中した > まで高めてゆけば
よいだけじゃ。 なに、 焦ることはない。 」
「 ・・・ そ そうです よね ・・・ ええ 時間は余るほどあるのですもの ・・・ 」
「 それでは 帰ろうか。 ああ ちょいとこの先の大きな公園まで行ってみないかい。
なかなかいいカフェがあるらしいぞ。 」
「 あ ・・・ は はい ・・・ 」
博士が気を使ってくれているのが判りすぎるほど判るので ますます落ち込んでしまう。
「 またチャレンジすればよい。 」
「 ・・・ はい ・・・ 」
ぽんぽん ― 博士の大きな手が そっと彼女の背を促がした。
「 ・・・ そう ですね ・・・ はい ・・・ 」
「 うん。 」
二人はゆっくりと出口に向かって歩きだした。
パタパタパタ ― 足音が追ってきた。
「 あの! 15番の ・・・ ふらんそわず さん? 」
「 ・・・ はあ? 」
「 あの すみません。 ちょっとだけお時間、頂けませんか。 主宰者がお話したい・・・って 」
先ほどのオーディションで ミストレス ( 助教師 ) を務めていた女性が二人を呼び止めたのだ。
審査員長も務めていた初老の女性が そのバレエ・カンパニーの主宰者だった。
彼女は流暢なフランス語を話した。
「 フランソワーズ ・ アルヌールさん ね。 」
「 はい ・・・ 」
「 今日はどうもありがとう。 ステキだったわよ。 」
「 いえ ・・・ もう全然 動けませんでした ・・・ 」
「 そうね。 はっきり言わせてもらえば レッスン不足だわね。 」
「 ・・・ はい。 落ちて当然です。 」
「 そうね。 ちゃんとわかっているのね。 立派ですよ。 」
「 いえ ・・・ 」
「 ねえ? マドモアゼル。 よかったら ウチでレッスンしてみない? 」
「 ― え ・・・・? 」
「 どこか他のカンパニーに所属している ・・・ というわけでもないのでしょう? 」
「 はい。 」
「 如何かしら。 検討してみてくださる? 」
「 ・・・ は はい ・・・! 」
結局。 博士も <保護者> として大いに熱弁をふるってくれた。
自分の責任で 彼女にはブランクがありでもまた復帰したいと望んでいるのだ ・・・と。
「 ― それじゃ。 待ってますからね。 遅刻はナシよ。 」
「 はい! ありがとうございます! 」
「 宜しくお願いいたします。 」
二人はふわふわした足取りで、バレエ・カンパニーの建物を後にした。
「 らっしゃ〜〜〜い! 今日は トマトが安いよ〜〜 地元の路地モノだ! 」
「 タチウオのいいのが入ったよ! 刺し身もオッケ〜〜 」
「 4時の焼き上がりパン 〜〜 今出しましたア〜〜 」
海岸通りの商店街は 夕方の賑わいが始まっていた。
ローカル線の駅から またさらに循環バスに乗らなければならない地域なのだが
古くからの商店街が連綿と営業している。
もっとも少子高齢化の波は どっぷ〜〜ん ・・・! とこの辺りにも襲ってきていて
行き来するヒトは 中年、老人が圧倒的なのだ。
もともとは 地域の漁師町のなごり だそうだ。
「 え〜〜っと。 今日の晩御飯は ・・・ いいわ、お店を見てから決めます。
それでは〜〜 ( スイッチ オフ ) イッテキマス。 」
フランソワーズは自動翻訳機のスイッチを切ると、 足取りも軽く商店街に入っていった。
そんな彼女を 博士は少し離れて眺めていた。
帰り道、 フランソワーズはバスをいつもより一つ手前の停留所で降りる、と言い出した。
買い物をしてゆきます、 と にこやかに言うと彼女は地元の人々に混じって立ち上がる。
「 え ・・・ お おい わかるのかい? 駅前のスーパーの方が ・・・ 」
「 大丈夫です。 ジョーに だいこん とか にんじん とか・・・日本の字、習ったし。
わからないコトがあったら ご近所の皆さんに聞きますわ。 」
「 あ ・・・ああ まあ そりゃそうだろうが ・・・ 」
「 でしょ? さ それじゃ 博士、お帰りの足元、充分お気をつけくだいさいね・・・ 」
「 あ ああ ・・・ それじゃ その大きなバッグ。 ワシが持ってかえるよ。 」
「 え でも嵩張ります。 」
「 大丈夫じゃて。 これでまだまだ体力には自信あり、じゃ。
さあさ ・・・ これはワシが引き受けるから ― 買い物をしておいで。 」
「 はい それじゃ ・・・ お願いします。 」
にっこり笑みを残すと フランソワーズはバスを降りていった。
博士は少しばかり感嘆の気持ちさえもって ほっそりした後ろ姿を見送ったのだ。
うむ ・・・ なんとも逞しいのう ・・・ いいコじゃ 本当に いいコじゃ・・・
トントントン〜〜 軽く跳ねるみたいな足取りでフランソワーズは商店街を歩いてゆく。
「 はい そこのキレイな外人さん、 なににする〜〜 」
八百屋の亭主の言葉で 店先にたかっていた客たちが一斉に彼女を振り返る。
「 え ・・・ あ あは ・・・ おやさい みんなきれいだな〜って 」
「 うわ〜〜 嬉しいコト 言ってくれるじゃん?? それじゃあなあ・・・ これ!
これはどうかい?? この地区自慢の取れ取れだよ〜〜 」
八百屋はつぎつぎの < お勧め野菜 > を説明するのだった。
「 まあ ・・・ トレトレ ・・・そうなんですの? へえ〜〜〜 あ こちらの大きな濃い紫のは?
え!? なす ??? まあ〜〜〜 こんなに大きいの、初めてみましたわ〜 」
「 こちらは? いろいろな色のがあってキレイですのね。 観賞用かしら?
え!? ぱ パプリカ?? ・・・ 全部の色、ひとつづつくださいな。 」
「 こちらのお野菜に合うのは ・・・ まあ そうですか 調理方法は? ・・・煮る?
ハイ 判りますわ。 フライにする ・・・ ああ それもいいですね〜 」
八百屋を出る時には 両手に野菜いりの袋がずっしりとぶら下がっていた。
「 ふんふんふん♪ 皆 親切ねえ〜〜 スーパーでトレイにのっかってラップが掛かったモノ
よりず〜〜〜っと美味しそうだし♪ 」
商店街のメインスリートに立ち、彼女はずず〜〜〜っと見渡した。
「 ・・・ なるほど ね。 ココですべての買い物は済みそう。 よ〜し 」
ずんずんずん ・・・ 岬の家の <主婦> は 元気に歩き出した。
― 肉屋さんと魚屋さんに寄って。 それから 〇〇牛乳店 と書かれた看板の店で
彼女は最高にフレッシュな 生クリームを手に入れた。
「 ふう ・・・・ いっぱい買っちゃった♪
本当はね あと 洗剤とかトイレット・ペーパーとか ・・・ 生活雑貨も欲しんだけど・・・
それは ジョーがいる時だわね〜 荷物持ちが居ないと・・・ 」
フランソワーズは よいしょ ・・・!と両手の荷物を持ち直した。
さあ ! ウチに向かって〜〜 うふふ 明日に向かって 出発!
夕焼け空が くるりん ・・・とハネている亜麻色の髪を応援していた。
ジャジャジャ ・・・・ シュワ〜〜〜 グツグツグツ・・・
キッチン中に魅惑的な音が響く。
勿論この邸のキッチンは 最先端 ― というかそんなののはるかナナメ上にぶっとんだモノで
その気になれば タッチパネルで調理全てオッケ〜〜 なのだが。
現在 ここを預かる女主人の趣向は ちがっているらしい。
鍋やらフライパンを総動員して調理の真っ最中だ。 レンジでチン!はお気に召さないと見える。
「 うわあ ・・・ ゆでるとこんなキレイな色になるのねえ〜〜 すごい・・・! 」
「 ・・・ このお魚・・・ ものすごく新鮮ねえ ぷりぷりしてるわあ〜〜 」
彼女はいちいち感動しつつ < 晩御飯 > を作ってゆく。
― バタン ・・・ 玄関のドアの音がした。
「 ただいま〜 ・・・ うん? クンクン 〜〜〜 」
ジョーは玄関のドアを開けると ハナを鳴らした。
家の中から賑やかな音と誘惑的な香りが流れてくる。
「 うわ〜〜 すげ〜〜いい匂い〜〜 ・・・ イッキに腹 減ったア〜〜〜 ただいま〜〜 」
彼は 声高に言いつつキッチンに直行した。
― バンッ
「 た だ い ま〜〜〜 フラン〜〜 晩御飯、 なにかなあ〜〜 」
「 わ?! ああ ・・・ びっくりしたあ〜〜 あら ジョー お帰りなさい。
ごめんなさい、揚げ物をしていたので 気がつかなかったわ。 」
「 うん ただいま♪ ねえ 今晩の御飯 なになに? 」
「 うふふふ〜〜〜 ちょっとフランス風なんだけど ・・・ お魚メインだから
ジョーも気に入ってもらえると思うわ。 」
「 気に入るよ〜〜 大好きさ! 」
「 ・・・ あら。 何作ってるかわかるの? 」
「 え ・・・ わからない けど ・・・ あの き きみが作ったモノなら なんだって 好きさ! 」
「 え〜〜 そんなお世辞言ってもダメですよ〜〜 だ 」
「 ! お世辞じゃないよう〜〜 」
ジョーは 耳を真っ赤にしている。
「 そう? じゃあ 晩御飯、楽しみにしていて? 」
「 うん♪ あ ・・・ なにか手伝えること ありますか。 」
「 そうねえ ・・・ じゃあ テーブルを拭いてくれますか。 ねえ ジョーは御飯がいいのでしょ?」
「 あ ・・・ うん できれば。 でもパンでも全然いいよ? 」
「 大丈夫。 わたしも <ごはん> って気に入ったから・・・ 炊飯器、使ってみました♪ 」
「 うわ〜〜〜〜〜ォ〜〜〜 ねえねえ 他に手伝うこと ない? 」
「 ・・・ じゃあ博士にそろそろ晩御飯です〜 って声をかけてくれる? 」
「 りょ〜〜うかい♪ 」
ジョーは ハナウタ交じりにキッチンから出ていった。
ふんふんふ〜〜ん♪ あ〜〜腹減ったア〜〜
フランの晩御飯〜〜〜 すっげ〜〜楽しみ〜〜
・・・ あれ? なんかすごく元気だったよなあ、彼女。
そっか〜〜ってことは 受かったんだな オーディション♪
よかった よかったなあ〜 すごいなあ〜
ますます ハナウタは賑やかになり彼は < お手伝い仕事 > をしっかりと敢行した。
「 いただきます 〜〜 」
いつしか全員でそう唱えるのが この邸の食卓に集う者達の習慣となっていた。
食卓には期待に満ち満ちた眼差しが集まる。
メインは トマトを使った野菜の煮込み ・・・ に見える。
「 ほう〜〜 これは美味しそうじゃなあ・・・ ラタントゥイユかい。 」
「 あの ・・・ タチウオをさっと揚げて ・・・ その上にラタントゥイユっぽい野菜の
トマト煮をかけてみました。 美味しそうなお野菜、沢山買ってきたので ・・・ 」
うんうん ・・・ 博士とジョーは黙って頷き 期待を込めて箸を口元に運んだ。
「 ふむ ・・・ ふむ ・・・ これはいい〜〜 美味しいよ フランソワーズ。 」
「 まあ そうですか 嬉しいわあ〜〜 」
「 ・・・ふむ ・・・ いい味じゃ なあ ジョー ? 」
「 ・・・・・ ・・・・・・・・・ 」
ジョーは黙々と箸を動かしている。 視線も上げない。
「 あ ・・・ あの ・・・ ごめんなさい、 ジョー。 日本風なのが よかった? 」
「 ・・・・・ ・・・・・ ・・・・ 」
「 いや 本当に美味いぞ。 ジョー、 お前もそう思わんか? ( おい! ) 」
「 ・・・ へ?? 」
ツンツン と博士につつかれて ― やっとジャパニーズ・ボーイ は皿から顔を上げた。
「 は ・・・ ? あの ? 」
「 おいおい・・・ 聞こえていなかったのかい? 」
「 え あの なにか? 」
「 だからその ・・・ この魅惑的な料理の感想じゃ! 」
「 あは あ〜〜 ごめん〜〜 」
「 ・・・ あ ・・・ そうよねえ ・・・ やっぱり日本風の味付けの方がいいわよね。
ごめんなさい、ジョー。 今度ちゃんと大人に習っておくわね。 」
「 日本風? 」
「 そう ・・・ ほら ショーユ とか ダシ とか で味付け、するのでしょう? 」
「 醤油? あ うん そうだけど ― え〜〜 これって日本の献立だけど? 」
「 ・・・ あの。 一応 わたしの国のお料理なんだけど ・・・ 」
「 え そうなの?? だってこれ 野菜のケチャップ煮 でしょう?
魚のフライが入っててさあ〜〜 」
「 ・・・ けちゃっぷに ? 」
「 うん。 あ〜〜〜〜〜〜〜 おいしいよ〜〜〜 こういうの、学校の給食でよく出てさ
ぼく 大好きだったんだ。 あ〜〜 懐かしくて超〜〜美味しくて〜〜 も〜〜 最高♪
あは あんまり美味しくてさ ぼく、食べるのとめらんない〜〜 」
ジョーは満面の笑みで応えると また熱心に箸を動かし始めた。
「 ・・・ あ そ そうなの? 」
「 うん! チビのころはさあ、 このピーマンが苦手だったけど。
今は美味いなあ〜って思うよね。 もっともきみの味付けが上手なんだけど・・・ 」
「 あ そ そう? 」
「 うん! あ そうだ。 ごめ〜〜ん、先に言わなくちゃね。
オーディション合格 おめでとう! 」
「 え? 」
「 受かったのでしょ? だからこの御馳走、作ってくれたんだよね〜
ごめん、ぼく なにもお祝い 考えてなくて 」
「 あ あのな ジョー ・・・ 」
「 はい? 」
博士が気を使い、慌てて口を挟んだが、 フランソワーズは笑って言った。
「 あのね ジョー。 残念ながら ・・・ 落ちました。 でも レッスンがんばります。 」
「 ・・・ へ? 」
「 オーディションには見事に! 落っこちました。 全然踊れなかったもの、当然なの。
でもね、 レッスンに来ないか・・・って言って頂けたの。 」
「 え ・・・ じゃあ 練習、できるんだ? 」
「 そうなの。 わたし ― 頑張るわ! 」
「 すご〜〜〜いなあ ・・・ 」
「 すごくなんかないわよ。 見事〜〜に不合格だったんですもの。 」
「 あ すごい〜ってのは きみのパワーのことさ。 ぼくなら落ち込んでさ〜 」
「 落ち込んだわよ? 勿論。 だ け ど。 落ち込んだまんま なんてシャクじゃない?
チャンスがあれば ― それに喰らい付くわ。 だって踊れるんですもの。 」
「 そっか〜〜 うん ・・・ きみはさ、 本当にものすご〜〜く・・・踊りが好きなんだね。 」
「 そうね。 だってそのために生きてたから ・・・ ずっと ・・・ 」
「 羨ましいや この前も言ったけど ・・・ ぼくと同じくらいの歳なのにね ・・・」
ジョーは 箸を置くとちょっと照れた風に俯いた。
「 あら ・・・ ね? ジョーは? ジョーの夢 は? あ 聞いてもいい?
ねえ ・・・ これからやりたい事って なあに。 」
「 うん ・・・ いろいろ考えたんだけど さ。
ぼく。 学校にゆきたい。 うん まだ具体的に形になってないんだ。
ともかく一応の基礎をやり直したい。 」
「 そう! ほら ちゃんとジョーにもやりたいこと、 あるじゃない? 」
「 ジョー。 それはいいことじゃよ。 」
「 フラン 博士 ・・・ ありがとうございます。 ぼくも 頑張ります。 」
「 うふふ ・・・ 仲間ができてうれしいわ。 ね どこの学校に行くの?
トウキョウ大学? ワセダ とか けーおー とか いちつはし とか? 」
「 へ!? そ そんなの 無理無理無理〜〜 地道に聴講生から始めるつもりさ。
あ・・・ いっこ言うけど。 いちつはし じゃなくて 一ツ橋 だからね。 」
「 ふうん ・・・ バカロレア は受けないの? 」
「 う〜ん ・・・ 日本は教育体制がちがってさ。 センター入試は一緒でもあとは
個別の大学を受験するわけ。 」
「 そうなの? ジョーだって どこかを目指すのでしょう? 」
「 うん ・・・ けど まず専攻を考えないとね。 つまり なにを勉強したいか ってこと。 」
「 ジョー。 握手 しましょ。 」
白い手が す・・・っとジョーの前に差し出された。
「 へ??? 」
「 握手よ、 握手。 わたし達 ・・・ ジャンルはちがっても戦友でライバルだわね? 」
「 あ ・・・ あは うん。 ぼくとしては ・・・ 戦友がいいケド ・・・ えへ ・・・ 」
ジョーは恐る恐る ・・・ 白い手の指先に触れた。
「 やあだ、ほらもっとしっかり握手〜〜〜〜 ぎゅ♪ 」
「 ( う うわぁ〜〜〜〜〜 ) は はい ぎゅ ・・・ 」
真剣な眼差しのフランソワーズに もう真っ赤になりっぱなしのジョ − ・・・
姉と弟 にみえなくもない ・・・ と博士は笑いを押さえるのに苦労した。
― 道は 決まったな。 二人とも ・・・ よかった ・・・
これはますます自分も頑張らねば ・・・ と老いた天才も身の内を熱くしていた。
バタン ・・・ ドタドタ パタパタパタ ・・・
朝のクラスが終了し ダンサー達が更衣室に戻ってきた。
「 わ〜〜い 終った おわったア〜〜〜 」
「 ・・・ やれやれ。 ふう ・・ 急がないと ・・・ 」
「 ねえ リハって何時から? え 12時?? やだ 〜〜 」
クラスの後は 皆それぞれ忙しくあちこちに散ってゆく。
ふうう ・・・ ああ ・・・ もうダメ ・・・
フランソワーズはそう・・・っと入ってくると 自分のバッグの前に座り込んでしまった。
わいわい がやがや ― 周囲は皆 着替えたりシャワーを浴びたりしつつ お喋りも
華やかに広がっていた。
気軽に喋れるヒトもまだいないし そんな気分にもなれない。
自分一人まったく別世界にいる気がしていた。
・・・ いたた ・・・ 足が ・・・・
ああ ・・・ やっぱり 付いてゆけない かも ・・・
賑やかな中 フランソワーズは一人、底なしに落ち込んでいた。
「 ・・・ あ〜〜 シャワー、 並んでる? 」
隣にバッグを置いていた女性が 声をかけてきた。
「 え ・・・ あ! い いいえ 並んでいませんん〜〜 どうぞ! 」
「 あ そう? アリガトウ。 ね 隣 空いてるよ、入ろうよ! 」
彼女はフランソワーズの腕をひっぱり、シャワー・ブースに押し込んだ。
「 え? な なに ・・・? 」
「 まあ ともかくシャワーして気分換えておいで。 ね〜〜 」
「 え え?? 」
「 なんもかんも流した方がいいよ〜〜 ね!? 」
「 ・・・ え ええ そうですね。 ありがとう ・・・ 」
「 ♪♪ 」
ほっこり笑顔がとても嬉しくて ― 今度は熱い涙が じんわり・・・滲んできてしまった。
「 へ〜いきよォ〜〜 初めはねェ 皆 アレ、やられるの。 」
「 え・・・ そうなの? 」
うん うん ・・・ と 先ほどのシャワーの隣人さんは頷きに・・・っと笑った。
隣あわせでシャワーを浴びて着替えた後 彼女は気さくに話かけてくれた。
「 ごめんね〜〜 いきなりシャワーに押し込んで。 」
「 あ ううん ありがとう・・・ 少しさっぱりした気分になれました。 」
「 ふふふ 〜〜 初めて来た時ってね〜 皆 ああなのよ。 もう徹底的に言われる。 」
「 え ・・・ そ そうなの? 」
「 そ。 アタシもね もう〜〜 帰る! って思ったわ〜 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 なにやっても注意されるしね。 立ってるだけでもダメ みたいで 」
「 ・・・ でも 本当に ・・・ 」
フランソワーズは深く深くふか〜〜〜く ・・・溜息を吐いた。
張り切って臨んだレッスン初日 ― もう けちょんけちょんだった。
レッスンは なんとかなる ・・・ と思っていた。 バレエは万国共通なのだから・・・と。
勿論 < 万国共通 > だったし、 プロフェッショナル・クラスの教師も務める主宰者の
老婦人は ちゃんとフランス語で説明を繰り返してくれた。
「 はい 以上。 あ フランソワーズ? 〜〜〜〜〜 」
「 先生。 あの。 わたし 日本語で大丈夫です。 」
「 そう? それなら はい それじゃ 二番〜〜 」
ピアノの前奏が流れだし バー・レッスンが始まる。
ぶる ・・・ フランソワーズは全身に震えが走った。
怖いの? ううん ・・・ ちょっと違うわ。 嬉しい のかも ・・・ でもそれだけじゃないわ。
― あ。 わたし。 感動してるのかも・・・ < あの日 > 以来 のレッスンに ・・・
< あの日 >。 兄を迎えに行こうと家を出た。 朝のクラスを受けて一回帰宅して ・・・
ちょっと休憩して ・・・ と思っていたら転寝をしていた。
それで。 焦って家を飛び出し。 階段を駆け下り 道を走り ― それまでの全てが終った。
そうね。 わたし 嬉しくて感動して ・・・ 泣きそう、なのかもしれないわ。
プリエをしつつ フランソワーズは心地好い昂ぶりを楽しんでいた のだが。
しかし ― バー ・ レッスンの途中から フランソワーズは焦り始めた。
「 ・・・ うそ ・・・ なんでこんなに 速いの ・・・? 」
音楽のテンポが全然ちがう。 < あの頃 > と同じ、ピアノによるレッスンなのだが・・・
彼女には 音が倍の速さに思えた。 そして レッスンのペースも速い。
「 ・・・ こ こんなに速い バー なんて ・・・ ! うそ ・・・ どうして皆 付いてゆけるの? 」
汗が こんなに流れるなんて思ってもみなかった。 タオルはたちまちぐちゃぐちゃになる。
「 ・・・ っ! また間違えちゃった・・・ え ? え? 次 なんだっけ?? 」
順番は覚えた端から忘れてゆく ― みたいに思えた。
「 ・・・ う〜〜〜 記憶メモリの容量、オーバーしたっていうの?? 」
一人、空気を乱しているな〜 ・・・とは思ったがどうしようもなかった。
「 はい、 ストレッチね。 」
バー・レッスンが終ったとき、 彼女は思わずしゃがみこみたくなっていた。
ともかく最後のレヴェランスまで 稽古場に留まっていたのは ― 抜けることもできなかったから というだけだ。
できれば逃げ出したかった。 時計の針は止まっている、と思えた。
センター・ワークに移ってからも 注意の雨だった。
「 どこを見てますか。 足元にはなにも落ちていません。 」
「 よく音を聞いて。 音と一緒に 音を踊るのでしょう? 」
どの注意も正に的を得ていて ― だからこそ余計に俯いてしまうのだ。
「 あははは ・・・ だ〜〜いじょうぶ〜 皆 覚えがあるからさ。 」
「 ・・・ え ? 」
シャワーの隣人さん ― 丸顔で目のくりっとした彼女は軽快に笑った。
「 アタシもだし〜 先輩方だってね、 初めは皆そうなんだって。
へへへ ・・・ アタシは初日にクラスでベソかいて ― 余計に叱られました。 」
「 そ〜そ〜。 このコはぼろぼろ泣きましたア〜 」
反対側で着替えたいたヒトが口を挟んだ。
「 その後もよく泣きます〜 」
「 あ ・・・ 言わないでよ〜〜 めぐみィ〜〜 」
「 あっは。 私も泣きました、更衣室でわ〜わ〜泣きました。 あ 私 めぐみ。 よろしく〜 」
「 あ ・・・ よろしくお願いします、わたしは 」
「「 フランソワーズ でしょ♪ 」」
「 ・・・ 皆 知ってますよね・・・ あれだけがんがん注意されちゃ・・・ 」
「 だから〜〜 アレは最初の関門なの。 アタシ〜 みちる。 仲良くしよ♪ 」
「 ― ありがとう〜〜〜 」
「 ね〜 ね〜 今度一緒にお茶しよ〜〜 美味しいカフェ、あるのよ。 」
「 パリからきたの? ねえねえ 向こうのこと、教えて〜〜 」
「 え あ は はい ! 」
「 ま〜 今日はゆっくり休んだほうがいいと思うよ 」
「 また明日ね〜〜 」
「 は は はい ・・・! 」
文字通りのハダカの付き合い ・・・・ という訳でもないが 友達もできた。
明日もレッスンを受けられる ・・・なんて夢みたいだ。
う ・・・ でも 本気で頑張らなくちゃ ・・・!
フランソワーズは きゅ・・・っと口を一文字に結び 大きなバッグを持ちあげた。
― カチャ カチャ カチャ ・・・ ザ −−−−
キッチンに水音が流れている。
「 ・・・ すまんが 茶葉を切らしてしまった・・・ 買置きがあるかな。 」
博士が そっとドアを開けた。
「 はい? あ〜〜 ちょっと待ってくださいよ〜〜 」
シンクの前から 茶髪が振り返った。 ― ピンクのエプロンが案外よく似合っている。
「 ?? なんじゃ ジョー、 お前が後片付けをしておったのかい。 」
「 はい、慣れてますから。 え・・・っと ・・・ はい ありましたよ、お茶っ葉。 」
ジョーは戸棚から茶筒を出してきた。
「 おお ありがとう。 最近日本茶に填まっておってな・・・ フランソワーズはどうしたね。 」
「 あ ・・・ 彼女は 」
ジョーはちょっと笑ってリビングを指した。 博士はドアを開けてジョーの指す方を覗いてみる。
ソファの上で 亜麻色のアタマが幸せそう〜に丸まっていた。
「 うん? ・・・ おやおや ・・・ しかしこれじゃ風邪を引かんかな 」
「 あは ・・・ もうすぐぼく、片付けをおわりますから。 そしたら起こします。 」
「 そうか 頼むよ。 ・・・ よほど疲れておるらしいなあ ・・・ 」
「 ええ。 大丈夫かって聞けば 元気よ! って答えるし ・・・ 実際 毎日張り切って
買い物とかしてきて食事も作ってるんだけど ・・・ 」
「 張り切りすぎ・・・かもしれんな。 少しゆっくり寝かせておこうか。 」
「 そうですね〜 後片付けはぼくの担当ですし ・・・ あ 後で毛布、持ってきます。 」
「 それより早く風呂に入ってちゃんとベッドで休め、と言っておやり。
ジョー、お前だって明日もはやいのだろう? 」
「 ええ ぼくも彼女に負けられませんから ・・・ 」
「 ふふん ・・・ ジョーは何を目指しておるのかな。 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ まだイマイチ具体的な形は見えてないんですけど。 」
「 お前のイメージだけでもいいぞ。 聞かせてくれるか。 」
「 えへ ・・・ なんかな〜 フランソワーズみたく熱中できることがあるって
すごく羨ましくて ・・・ 眩しくて ・・・ 」
「 うむ うむ ? 」
「 で 今は。 ぼくはともかく前進!って気分で ― 一生懸命生きてます。 」
「 ・・・ 原点を見詰めておるのだな。 」
「 うん まあ そんなトコです ― 暗中模索 ・・・ってトコかも ・・・ 」
「 頑張れよ。 ― ハンパなオトコにはワシはフランソワーズは渡さんぞ。 」
「 ― へ ??? 」
「 ちゃんと肝の命じておけよ。 」
「 は・・・? はぁ ・・・ 」
ジョーは目をぱちくり ・・・ なんのこっちゃ・・・という顔だ。
ふふん ・・・ お前、ま〜〜だ自覚しておらんのかい ・・・
この朴念仁が〜〜 いや その方が安心かの?
お前なあ 自分がどんな目で彼女を見てるか わかっとるのかね
「 え〜〜とォ・・・? そのう〜〜 」
「 ふふん まあ 頑張りたまえ。 少年よ 大志を抱け、とこの国には格言があるのじゃろうが。 」
「 あ〜 格言・・とはちょっと違うんですけどォ〜〜 」
「 そうか? まあ いい。 ともかく ジョー・シマムラ。 お前も頑張れ。 」
「 ハア ・・・ 」
「 しっかり手に職をつけて、だな。 妻子を養ってゆく覚悟を固めなければ な! 」
「 ハア ・・・ ぁ ぼく キッチン、片付けますね〜 はい、お茶。 」
ジョーは茶筒を渡すと にっこり笑ってまたシンクの前に戻った。
「 ふ ふん ・・・ しかし妙によく似会うのう ・・・ 家事は立派にこなせる、ということか。
うん ・・・ この点では合格じゃな うん。 」
博士は一人 頷きつつ書斎に戻っていった。
「 ・・・っと〜〜 あとは ・・・ 掃除して。 あ フランを起こさないと ・・・
お〜い ・・・もしも〜し ? 」
ジョーはソファの側ににじり寄ってそう〜っと声をかけた。
「 フラン ・・・ フランソワーズさぁん・・・ 起きてください〜〜〜 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 もしもぉ〜〜し ? お風呂入って早く寝たほうがいいですよ〜〜〜〜 」
「 ・・・・ う ん ・・・・ 」
こそ・・・っと肩に触れてみたのだが 彼女は一向に目を覚まさない。
耳元でごちゃごちゃ言うと もぞもぞ動くのだが ― それだけだ。
再びくるり、と丸まって寝てしまうのだ。
「 ありゃ ・・・ しかしなあ こんなトコじゃ ・・・ よ よぉ〜し ・・・・ 」
さんざんうろうろした結果 彼はやっと決心し ― ソファから彼女を抱き上げた。
「 あ あの ・・・ し シツレイいたします〜〜」
彼は彼のオヒメサマを 実に軽々と抱き上げてベッド・ルームに運んでいった。
― トン ・・・ ドアは軽く押しただけで開いた。
「 え ・・・っと。 シツレイします〜〜〜〜 」
ジョーは 彼女の寝室へは今まで数えるほどしか入ったことがない。
「 えっへん ・・・! 」
わざとらしい〜〜 咳払いをして ジョーは彼女をもうガラス細工の芸術品みたく扱っていた。
「 ・・・ 軽いんだね ・・・ これで大丈夫なのかなあ・・・ あ ・・・ 」
彼女は ― 実はお前の何倍も つよい じゃろうな。
博士の言葉が思い出された。
「 ・・・ でもなあ ・・・ やっぱキツいよなあ ・・・ 一人で抱え込んじゃうのはさあ ・・
ぼく ・・・ じゃ頼りなくてダメなのかな。 ちょっとは頼って欲しいんだけど 」
ジョーはぶつぶつ言いつつ 彼女をそう〜っとそう〜〜〜っとベッドに寝かせた。
ベッド・カバーをずるずる外して 毛布を取り出し彼女に掛けた。
「 えへ ・・・ ゆっくり寝て また明日! だよ。 うん 」
じゃあ ・・・と 眠っている彼女に手を振って ジョーは部屋から出ようとしたが
また そうっとそうっと足音を押さえてベッド・サイドに戻ってきた。
彼女は 昏々と眠っている。 穏やかな表情だ。
「 ・・・ あの その ・・・ ちょっとだけ ・・・ ごめん! 」
ジョーは 意中の人の側に膝をつくと身を屈め ― キスをした。
「 ・・・・ わ ・・・ あの ごめん!! 」
そう・・っと触れた唇 ― ふわふわしてて甘っくて ・・・ 慌てて離れた。
「 す すみませんでした! 」
ジョーはあたふたと彼女の寝室を出ていった。
あ は ・・・ 甘いんだなあ〜〜 女の子の唇って!
あとでしっかり謝らなくちゃな〜
えへ ・・・ うわ〜〜〜〜〜 なか滅茶苦茶やる気 でてきたぁ〜〜
― あ。 そっか。 ぼくの夢 ってか ぼくの目指すコトって!
うんうん ・・・・! ジョーは一人で大きく頷くと だだだだ・・・っとテラスにむかって駆け出した。
わ〜〜〜〜〜〜〜 ・・・・ ! み つ け た よ〜〜〜〜
「 ・・・うん? ジョーは何を喚いておるのかの? 財布で落としたのか? 」
博士は一瞬文献から顔を上げたが すぐにまた研究課題の中に埋没していった。
優雅なレヴェランス ・・・ そして拍手 で朝のクラスは終る。
「 ありがとうございました 」
「 はい お疲れ様 」
挨拶を交わし 指導者のマダムは稽古場を出てゆく。
ダンサー達もてんでに自習したり ちょいと雑談したり ・・・ 更衣室に向かったり
稽古場はたった今までとはまた違った賑わいで溢れるのだ。
「 ・・・ ハア ・・・ もう ・・・ 」
「 あ〜〜〜〜 キツかったぁ ねえねえ フランソワーズ〜〜 帰りにさあ
お茶してかな〜〜い 」
稽古場の隅っこで フランソワーズとみちよは荷物を持ち上げつつ ぼそぼそ喋っている。
「 ・・・でも 自習しないと ・・・ わたし ・・・ 今日も注意ばっかり ・・・ 」
「 あ〜ら 皆そうじゃん? 」
「 でも わたし ・・・ 出来ないパがいっぱい ・・・ 」
「 そりゃ すぐになでもできたら もうここには居ないってば。
それにさ あの〜〜 言ってもいい? 」
「 え? 勿論よ 〜 みちよさん〜〜 なんでも言って。 」
「 フランソワーズさあ ヘタじゃないよ? もっと堂々と踊れば? 後ろにばっかりいるよね。 」
「 ・・・ だって それは。 ヘタだから 」
「 だ〜から さあ。 不得意なモノ あって当然だし。 フランソワーズ、いっつもなんかこう・・・
< 引いて > るカンジ・・・ 」
「 引いてる?? 」
「 あ う〜〜ん ・・・ なんて言えばいいのかなあ・・・ 消極的? 」
「 ・・・ あ ・・・ 」
「 失敗してもいいじゃん、やるよ! って風じゃないんだもの。 勿体ないよ〜 」
「 でも ・・・ ヘタだし ・・・ 」
「 だ〜からさ。 やってみなくちゃ わからないじゃん。 上手くゆくかもしれないし。
アタシ 転んだっていいや! ってチャレンジすると案外 ぐ♪ だったりするよ? 」
「 ・・・ やってみなくちゃ ・・・ 」
! ・・・ そ そうよ ・・・
ジョーも ジョーも同じこと、言ってくれたじゃない!
「 そうよ〜〜 ダメ元って言葉もあるんだよ〜 」
「 ・・・ やってみなくちゃ わからない ・・・ よね、 そうだよね!? 」
「 うん。 あは ・・・ やっぱか〜わいいねえ〜〜 フランソワーズはぁ〜 」
「 え やあだ〜 」
二人はじゃれ合いつつ 廊下に出た。
「 だ〜から♪ 今日はお茶、してこ〜 ちょっと裏道なんだけど、落ち着いたカフェがあってね 」
「 え そうなの? ・・・ 行っちゃおうかな〜〜 」
「 いこ〜よ〜 あ ・・・ 先生〜〜 ありがとうございましたあ〜 」
ロビーで主宰者のマダムと一緒になった。
「 あ・・・ メルシ・・・マダム 」
「 お疲れ様。 ・・・ ねえ? 二人とも。
『 赤い靴 』 って映画 知っている? 古いから知らないかな。 」
「 あ 知ってます、 DVDで見ました。 」
「 ・・・ はい あの ・・・ 見たこと あります。 」
まさか 封切りを見た、とは言えないな・・・とフランソワーズは密かに思った。
「 あら そう? よかったわ。
ね? 私たちダンサーはね 誰もが赤い靴を履いているの。
― それは あなたが < 脱ぎます > といわない限り 離れないのよ。
赤い靴 と一緒に踊って踊って・・・ 生きてゆくの。 」
「 あは ステキですね〜 」
「 ・・・ 赤い靴 ・・・ 」
フランソワーズは反射的に自分の脚を眺めてしまった。 白いまっすぐなツクリモノの脚 ・・・
あ 博士も 言ってたかも ・・
「 だからね。 止めちゃ だめ。 続けるのは大変なことよ、でも 赤い靴 は脱がないでね。 」
「 ― はい。 」
「 ふふふ じゃあね 〜〜 また 明日。 」
老婦人は微笑して 帽子を直し、帰って行った。
「 ふうん・・・ いつもステキだよねえ 先生。 あんな風にトシ 取りたいなあ〜
さ〜〜 お茶 しよしよ〜〜 ね フランソワーズ〜〜 」
みちよは くい・・・っとフランソワーズの手を引っ張った。
「 ― そう よね。 踊れるんですもの。 ええ 明日も 明日も 明日も!
わたし ― 赤い靴をまた 履くことが出来たのよね! 」
「 へ? 」
「 うふふふ ・・・ なんでもな〜いわ♪ カフェ、 連れてって?
それで 明日も 明日も 明日も〜〜 がんばりマス♪ 」
「 なに それ? まあいいや♪ 行こうよ〜〜 」
二人は笑いさざめきつつ バレエ・カンパニーの建物を出て行った。
「 あの。 ごめん。 」
「 ― はい??? 」
その日 帰宅した彼女にジョーはいきなりアタマを下げてきた。
フランソワーズは何がなんだかわからずに 目を白黒 ・・・ 玄関で呆然としている。
「 ごめんなさい でした。 先日は大変シツレイいたしました。 」
「 ・・・ あの ・・・ なにが。 」
「 だから その ・・・ ごにょ ごにょ ごにょ ・・・ キス ・・・ 」
「 ?? キス??? 」
「 ! う あ あの ! もうしませんから〜〜〜 」
「 はあ?? 」
「 で ね。 それで。 ぼくも ぼくの赤い靴を見つけたかな〜って思って。 」
「 え?? ジョー ・・・ 踊るの?? 」
ますます意味不明で 彼女は困惑の極み・・・らしい。
「 あは そうじゃなくて あの。 目指すコトってか 夢 ってか・・・ 」
「 あ ・・・ ああ そうなの? わ〜〜〜 すごいじゃない〜〜
ねえねえ なあに?? 教えて〜〜 」
「 えへへへ ・・・ ナイショ。 実現はまだまだ先〜〜 だから。 」
「 え〜〜 いいじゃない、教えて? 」
「 ― そのうちに ね。 さ〜〜 御飯にしようよ〜〜
今日はぼくの特製カレー♪ さあ さあ 食べようよ♪ 」
「 あ あ〜ん ・・・ もう ・・・ ジョーってばぁ〜〜 」
ジョーはフランソワーズの肩を後ろから押して ずんずんキッチンに案内していった。
そして 月日は巡り ― フランソワーズは 島村夫人となり すぴかちゃんとすばる君の
おかあさん になった。
「 あ〜〜〜 つっかれた〜〜〜 」
「 お疲れサン。 で 調子はどうだい。 」
「 う〜ん まあまあ かな。 タクヤといい舞台、できそうよ。 」
「 く〜〜〜〜またアイツかよ〜〜〜 」
「 あら いいコじゃない? すばるは彼のこと、大好きなのよ。 タクヤもねえ すばるのこと、
可愛がってくれるし。 」
「 くっそ〜〜 搦め手から攻めやがって〜〜 穢いヤツだ〜〜 」
「 うふふ ・・・ や〜だ ヤキモチ妬いて〜〜 」
「 ヤキモチじゃないぞ。 亭主として当然の感情だ。 」
「 な〜に言ってるのよ? こ〜んなオバチャン、 タクヤが相手にするワケ、ないでしょ。
仕事よ、 仕事。 」
「 ふん ・・・ オトコの気持ち、全然わかってないな・・・ 」
「 ねえ ・・・? ジョーは ジョーの赤い靴 みつけたの? 」
「 赤い靴? ・・・ ああ! ああ うん。 」
「 え〜〜 なになに〜〜 教えて? 」
「 あ えへへ ・・・ ちょっと照れ臭いけど ・・・ 」
「 いいじゃない〜〜 教えてよ。 」
「 ウン。 じゃあ 言うけど ― ナイショだぜ? 」
「 ナイショにするってば〜〜 ねえねえ なあに? 」
「 えへ ・・・ うん きみ。 」
「 はい? 」
「 きみ。 きみ と チビたち。 きみとチビ達の笑顔を守る! これがぼくの赤い靴 さ 」
「 −−−− ジョー ・・・! 」
やっぱりこのヒトは わたしの王子サマだった♪
― わたしの 赤い靴 も 彼の側のいること、かもしれない・・・
フランソワーズは極上の笑顔で 傍らにいる彼に抱きついた。
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Fin. ****************************
Last updated
: 09,10,2013. back / index
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ひと言 ***********
前編を書き出してから 『 風立ちぬ 』 を見ましたので
やたらと前向きな! 話に変換してしまいました♪
ジョー君は最高のパートナーを得たんだよね〜♪♪